南蛮人がみた大分~ヨーロッパ製の地図に描かれた日本~

文化財課
  • 開始日: 2026年02月01日

16世紀、ポルトガル人や宣教師が来日するようになると、キリスト教や南蛮文化とともに、ヨーロッパの「世界地図」も日本にもたらされました。これらは大航海時代の成果を反映したものであり、日本人に新たな世界像を示す役割を果たしました。1570年に刊行された世界初の近代的地図帳『世界の舞台』に掲載された「タルタリア図」「アジア図」「東インド諸島図」では、中東やインド、東南アジアは比較的正確に描かれていますが、極東アジアでは日本列島の形や地名の位置関係などに誤りが多く見られます。

これに対し、1595年に作成されたポルトガルのルイス・ティセラによる「日本図」では、日本の形が格段に正確に描かれています。これは、イエズス会を通じて得た日本の情報や、当時の日本で流布していた「行基図」を参考にしたためと考えられます。九州中央には「BVNGO」と記され、日出・府内・佐賀関などの地名も確認できることから、当時の豊後の情報が詳細にヨーロッパへ伝えられていたことが分かります。これは、17世紀初頭のバテレン追放令や鎖国政策の時代に作成されたホンディウス「中国図」やスピード「中国図」でも踏襲されています。

当時のヨーロッパ人が日本や大分(豊後)をどのように認識していたのか。南蛮から来た人々の目を通した世界地図から、当時の大分や日本を感じてみてください。


タルタリア図
作者:アブラハム・オルテリウス(1527-1598)
1570年(永禄13年) 
サイズ:縦43.5㎝×横55.7㎝
所蔵:大分市歴史資料館

ベルギーのアントウェルペン出身の地図製作者アブラハム・オルテリウス(1527-98)が、1570年に出版した世界初の近代的地図帳「世界の舞台」に掲載されたタルタリア(韃靼)族が住むモンゴル周辺を描いた地図。日本はアジア大陸と北アメリカ大陸の中間に位置する東西に長い島として描かれており、豊後(Bvngo)は本州と思われる最も大きな島の西端に記されており、その北には山口(Amanguco)が記されている。なお、本図は北アメリカが描かれた最初の地図ともいわれている。


アジア図
作者:アブラハム・オルテリウス(1527-1598)
年代:1570年(永禄13年)
サイズ:縦45.3㎝×横57.0㎝
所蔵:大分市歴史資料館

ベルギーのアントウェルペン出身の地図製作者アブラハム・オルテリウス(1527-98)が、1570年に出版した世界初の近代的地図帳「世界の舞台」に掲載された中近東から極東の日本までのアジア全域を描いた地図。日本の形は細長い大小の島と南に連なる島々で構成されている。豊後(Bvngo)は本州と地続きで描かれているが、鹿児島(Cangaxuima)は別の島として描かれており、本州と九州の区別がまだ明確に認識されていない状況がうかがえる。


東インド諸島図
作者:アブラハム・オルテリウス(1527-1598)
1570年(永禄13年)
サイズ:縦47.7㎝×横55.3㎝
所蔵:大分市歴史資料館

ベルギーのアントウェルペン出身の地図製作者アブラハム・オルテリウス(1527-98)が、1570年に出版した世界初の近代的地図帳「世界の舞台」に掲載されたインド・東南アジア・中国、そして日本を描いた地図。日本はいびつな円形の島と南に連なる小さな島々からなる。この地図には豊後は記載されていないが、「Cangaxina」(鹿児島)、「Amaguco」(山口)、「Miaco」(都・京都のこと)、「Bandu」(坂東・関東のこと)、「Torza」(土佐)などの地名が記されており、日本に関する具体的な情報を基に描かれていることが分かる。


日本図
作者:ルイス・ティセラ(1564-1604)
年代:1595年(文禄4年)
サイズ:縦41.3㎝×横53.9㎝
所蔵:大分市歴史資料館

イエズス会の宣教師でポルトガル人のルイス・ティセラ(1564-1604)による日本の単体図。1595年に改訂された「世界の舞台」に掲載された。日本は本州・九州・四国で構成され、実態にかなり近づいていることから、日本から送られてくる宣教師やポルトガル人の情報を基に描かれたと考えられる。九州の中央に「BVNGO」と大きく記されているのが特徴であり、これは当時、北部九州六ヶ国に勢力を広げた大友氏の情報が表現されたものと思われる。また、九州東岸には「Figi」(日出)、「Fumay」(府内)、「Xanganoxeqie」(佐賀関)の地名が表記されており、豊後に関する多くの情報が書き込まれている。


中国図
作者:ヨドクス・ホンディウス(1563-1612)
年代:1606年(慶長11年)
サイズ:縦46.5㎝×横55.4㎝
所蔵:大分市歴史資料館

アントウェルペン(アントワープ)の地図製作者であるヨドクス・ホンディウス(1563-1612)が、メルカトールの銅板を引き継いで、1606年に刊行した中国図。本図には中国だけでなく、朝鮮や日本を含めた東アジア全体が描かれている。九州には「Figen(肥前)」「Bungo(豊後)」「Osumi(大隅)」の3つの地域名と城の表記がなされており、竜造寺、大友、島津の勢力が鼎立していた状況が読み取れる。日本の右側にはイエズス会の宣教師が処刑される姿も描かれており、キリシタン弾圧という日本の歴史までもが表現されているなど、貴重な内容の資料である。


中国図
作者:ジョン・スピード(1551?-1629)
年代:1626年(寛永3年)
サイズ:縦42.2㎝×横54.3㎝
所蔵:大分市歴史資料館

イギリスの地図製作者であるジョン・スピード(1551?-1629)が描いた中国図。1626年に刊行した「明王国」に収録されている。本図の中に描かれた日本は、1595年に『世界の舞台』に収録されたルイス・ティセラの「日本図」が踏襲されている。地図の上にはマカオなどの都市図、両側には中国・日本人などの風俗を描いた図が載せられており、「A SOVLDIER OF IAPAN」と書かれた二人の日本人武士はともに鉄砲を持った姿で描かれている。

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