脇蘭室墓
画像の取り扱いについて

詳しくは、利用規約を参照してください。
別ウインドウで開くので、右クリックから「名前を付けて保存」を押してください。
- タイトル
- 脇蘭室墓
- タイトルかな
- わきらんしつはか
- 制作年代
- 江戸時代
- 時代
- 近世-江戸時代
- 寸法
- 面積:12㎡
- 解説
- 豊後の学問的伝統の維持に努めた人である脇蘭室は、明和元年(1764)速見郡小浦に生まれた。名は長之、字は子善、通称儀一郎、蘭室のほか愚山とも号した。熊本藩の薮孤山、杵築藩領の三浦梅園、大坂の中井竹山らに学び、郷里で塾をひらき、帆足万里も入塾している。寛政11年(1799)から熊本藩領の鶴崎で定詰藩士の子弟教育に当たる。以後文化11年(1814)に没するまで鶴崎に居住。代表的著作として「代頌編」「国用略」「鶴崎夜話」「党民流説」など。墓碑の「文教脇先生墓」は帆足万里の書。(「大分県の文化財」1991 286頁)
- 地域
- 鶴崎
- 所在地
- 大分市寺司浜1603の2
- 指定区分
- 県指定-史跡
- 指定年月日
- 1957/03/26
- ジャンル
- 建造物