府内城跡
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- タイトル
- 府内城跡
- タイトルかな
- ふないじょうあと
- 制作年代
- 江戸時代
- 時代
- 近世-江戸時代
- 解説
- 慶長2年(1597)福原直高によって築城が始められ、慶長7年、時の府内城主竹中重利によって本丸・二ノ丸・三ノ丸が完成した海城的な要素を取り入れた平城。別名、荷揚城、白雉城。竹中氏の後府内城主は日根野氏を経て万治元年(1658)松平(大給)忠昭が入部。以後松平氏2万2,000石の居城として明治に至る。明治以降大分県庁となるが、現在は大分市城祉公園となっている。この間、寛保3年(1743)の大火で城内もほとんど消失。その後再建された宗門櫓・人質櫓・天守台・城壁・石垣などが貴重な遺構として残る。(「大分県の文化財」1991 292頁)
- 地域
- 大分中央
- 所在地
- 大手町・荷揚町
- 指定区分
- 県指定-史跡/市指定-史跡
- 指定年月日
- 1963/02/15
- ジャンル
- 遺跡