大友頼泰墓
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- タイトル
- 大友頼泰墓
- タイトルかな
- おおともよりやすはか
- 制作年代
- 江戸時代
- 時代
- 近世-江戸時代
- 解説
- 大友頼泰は豊後国最初の守護職といわれ文永9年(1272)西方奉行少弐経資と共に東方奉行として異国防御の最高責任者として、以後大任を果たした人物で、単に豊後の守護職にとどまらず、国史上の人物である。「松野系図」によると頼泰は貞応元年に生まれ、正応5年隠居、正安2年9月27日逝去79才。秋岡山常楽寺に葬る。法号は「常楽寺殿前武庫令法名道忍大禅門」とある。同時に位牌もある。また同系図に「墓土饅頭」延享元年甲子春有之云、墓印写之也」とある。五輪塔は延享元年(1744)以後のものとなるが、塔そのものは鎌倉様式をのこしている。
- 地域
- 稙田
- 所在地
- 大字岡川501
- 指定区分
- 市指定-史跡
- 指定年月日
- 1974/01/09
- ジャンル
- 建造物