中村左京亮鎮宥置文(松寿宛)
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- タイトル
- 中村左京亮鎮宥置文(松寿宛)
- タイトルかな
- なかむらさきょうのすけ□□□□おきぶみ(□□□□あて)
- 作成者
- 中村左京亮鎮宥
- 作成者かな
- なかむらさきょうのすけ□□□□
- 時代
- 中世-戦国時代
- 作成年月日(西暦)
- 1578年
- 作成年月日(和暦)
- 天正6年
- 員数
- 1幅
- 寸法
- 縦18.9cm×横79.5cm
- 解説
- 中村家は肥後国の菊池氏の流れを組み、この置文を記した左京亮鎮宥は菊池氏21代当主のひ孫にあたる。鎮宥の父重政は大友義鑑と菊池氏26代当主重治が不和となった折に豊後に移り、重治の亡くなる頃に、肥後国中村80町の所領に移ったとある。また、これ以降「小身」の理由から菊池の姓を名乗ることを止め「中村左京」と号したことや、その後重政は天文19年(1550)の戦いで討死にし、中村家は肥後国にあった本領全てを失ったと記されている。
大友氏と島津氏が雌雄を決した天正6年(1578)の高城・耳川合戦を前に、中村家の行末を子孫に託した珍しい内容である。 - 資料群名
- 中村家文書
- 所蔵館
- 大分市歴史資料館
- ジャンル
- 古文書