令和6年春季テーマ展示「大分と蹴球」

大分市歴史資料館
  • 開始日: 2024年03月02日
  • 終了日: 2024年05月26日

日本で古来より親しまれてきた蹴鞠。日本国内外問わず多くの人に愛されるサッカー。足を使うという共通点を持つ2つの球技は、大分の地でどのような歴史を歩んできたのでしょうか。今回のテーマ展では、この2つの球技の歴史と発展について解説します。また、クラブ創立30周年を迎えた大分トリニータの歩みについても紹介します。

展示構成

第一章 日本の伝統文化・蹴鞠

 蹴鞠は古来より伝わる伝統文化です。約1400年前、大化の改新を行った中大兄皇子と中臣鎌足の出会いは蹴鞠であったことが知られています。平安時代には、貴族の嗜みのひとつとなり、その後は武士に必須の芸事となりました。
 豊後を治めた大友氏では、16世紀に大友義長が家訓として蹴鞠を嗜むことを推奨し、その孫の大友宗麟は、蹴鞠の名手として有名です。また江戸時代には、杵築藩主が蹴鞠を行っていました。
 明治時代以降に衰退していくものの、明治天皇が京都に設立した蹴鞠保存会や白峯神宮、下鴨神社、香川の金刀比羅宮などが蹴鞠の技術を今に伝えています。

第二章 日本サッカーの歩みと大分

 明治時代になると、サッカーが日本に伝わりました。1873年、イギリス海軍の将兵が日本人にサッカーを教えたのがその起源とされています。1885年には様々なスポーツのルールが書かれた「戸外遊戯法一名戸外運動法」が刊行され、その中にはサッカーもありました。大分では、1916年に大分県立大分第一高等女学校でサッカーが行われていたことが分かっています。
 太平洋戦争後は、オリンピックや漫画「キャプテン翼」の影響でサッカー人気が高まります。その中で、大分市立明野中学校サッカー部は1985年に県勢唯一の全国優勝を成し遂げます。明野中学校からは、永井秀樹や三浦淳宏など後に日本代表へ選出される選手が輩出されました。その後、1993年に初のプロサッカーリーグJリーグが開幕しました。2002年には、サッカーワールドカップが日本と韓国で開催され、サッカー人気は不動のものとなりました。

第三章 設立30周年大分トリニータ

 Jリーグの開幕により日本のサッカー熱が高まる中、1994年にチーム名「大分トリニティ」として大分フットボールクラブが設立されました。その後、2年でJFLに昇格、1999年にはチーム名を「大分トリニータ」に改称するとともにJ2に加入しました。
 2003年にJ1へ昇格した「大分トリニータ」は、2008年にはヤマザキナビスコカップ優勝を果たし、九州で初めてJリーグ3大タイトルを獲得したチームとなりました。決して経済規模が大きくない地方クラブが躍進を遂げるその姿は、多くのサッカーファンに希望を与えました。また、「育成の大分」としても有名で、数多くの日本代表選手を輩出しています。
 「大分トリニータ」は多くの声援を背に、これからも闘い続けます。

展覧会の会期等

会期

令和6年3月2日(土)から令和6年5月26日(日)まで

開館時間

午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)

休館日

  • 3月5日(火)、3月11日(月)、3月18日(月)、3月21日(木)、3月25日(月)
  • 4月2日(火)、4月8日(月)、4月15日(月)、4月22日(月)、4月30日(火)
  • 5月7日(火)、5月13日(月)、5月20日(月)

観覧料

  • 大人210円(団体150円)
  • 高校生100円(団体50円)
  • 中学生以下は無料
    ※団体は20人以上
    ※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方とその介護者1名は無料。入館時に受付で手帳を提示してください。

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